WORKS イノベーションアイデアの発想法 後編

2021.5.5

イノベーションアイデアの発想法 前編に続き、後編ではDesignR&Dプロジェクトで手がけたもう一つの企画、スマート・アロマデフューザー「BliScent(ブリセント)」がどのような発想で生まれたのかシェアしていきます。


Product design by Yuka Nagasaki

Product design by Yuka Nagasaki

このスマート・アロマデフューザーは、専用のAppでその時の気分や状態に合わせて、最適な香りを噴霧するデバイスです。仕事をする時に集中力を高める効果がある香りを出したり、睡眠の質を上げるような香り、リラックス効果を生むような香り、その時々の行動がより充実したものになるように香りをカスタマイズする設計になっています。

このデバイスを企画したのは2016年。政府が働き方改革の実現に向け動きだしたこともあり、在宅勤務や自宅で過ごす時間がこれまでよりも増え始めるのではという予見や、日々の買い物がネットショッピングで済ませられたり、ヨガやネイルなどの趣味を自宅で行ったり、家の中でさまざまなシーンが現れる時代になっているという背景から生まれた企画でした。

自宅という一つの空間で仕事をするときもあればくつろいで過ごすこともある。そんな時に気分や行動を切り替える際、資生堂の香り研究の成果が生かせるのではないかと考えたのです。

前編のTeleBeautyの時に独自のメーキャップシミュレーション技術に着目したのもそうですが、資生堂の場合はあくまでそのコンテンツに資生堂ならではの美の知見を入れられるかどうかが、アイデアの今後の発展性に大きく関わってきます。資生堂は100年以上前からフレグランスの開発をしていて、そこで得られた知見やセンスは資生堂だからこそ持っているユニークな価値だと考えました。

一方で、資生堂が独自にデバイスを作ろうとしても、ハード開発がフルスクラッチでできるような莫大なリソースも費用もないので、当然AppleやSONYに勝てるはずがありません。デバイスは作ってくれる誰かを探せばよいのです。長所を活かし、短所を補うという極めてシンプルなアプローチだと思います。意外にも灯台下暗しで、何かすごいことを閃かないとというプレッシャーがあったりすると、足元にあるヒントに気づかなったりするので要注意かもしれません。

時代背景からヒントを探り、自分たちだからできるアイデアの種を探していく、そして、イノーべーティブなアイデアに昇華させるために最後にデジタルテクノロジーをかけ合わせる。

こうしてBliScentは生まれました。


前回のおさらい アイデアをかけ合わせると、新しい価値に出会える。

前回のおさらい アイデアをかけ合わせると、新しい価値に出会える。

BliScentでは『香りを調合し、出し分ける技術』×『自律神経のセンシング技術』を実践しました。

2016年当時、『香りを調合し、出し分ける技術』の精度はそこまで高くないものの既存技術として存在していました。しかし、香りが洋服に付着した場合に取れにくい、デバイスの中で香りが残り続けてリフレッシュできないなど、多くの課題を抱えていました。そのせいか、かなりマイナーな技術のままで、私たちの日々の生活の中で出会うデバイスやサービスとして見事に応用されている例は一つもなかったので、逆に可能性を感じました。

スマホのカメラを使ってユーザーの心身の状態を把握する『自律神経のセンシング技術』は、すでに広く一般的に使われている技術でしたが、それを香りとかけ合わせたものは世の中に存在していませんでした。また、自律神経を計測したあと、どうブランディングに活用するかというのはまだどの会社も明確な答えは持っていませんでした。それを『香り』という切り口で、ユーザーをより快適な状態へ導くというソリューションに結びつけたことが非常に新しいと視点だということで、テック系最高峰のカンファレンス、アメリカのテキサスで行われているSXSW(サウス・バイ・サウスウエスト)でも高く評価されました。

そして、僕たちはその技術的アイデアのかけ合わせで特許が取れるほど新しいアイデアに昇華させることができました。


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ロゴやUIはもちろんUXのフローまで細かく設定してデザインしていきました。

ロゴやUIはもちろんUXのフローまで細かく設定してデザインしていきました。

前編のおさらいになりますが、イノベーションアイデアを考える時に、突飛すぎるものは実現のハードルが高すぎたり、逆に消費者のマインドや行動がついていかないケースがあるので、既存のアイデアと既存のアイデアの掛け合わせで、それぞれが少しずつ新しい技術であれば、これらをかけ合わせ完成させた時、すごく新しいものになっているのではないかと思います。


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とは言っても、そう簡単に組み合わせが見つかるということもないので、僕たちは常にアンテナを張って、最新技術を探したり、人に聞いたり、イベントに参加してコネクションを作ったり、ということを重ねていきました。大事なのは、これは“仕事”なので、予算と期限があるということです。その中で会社へプレゼンをして、未来への可能性を感じてもらい、評価をしてもらう必要があります。ですから、自分たちのアイデアの価値を最大化してプレゼンの日を迎えるにはどうしたらいいのかということにフォーカスしました。

このDesignR&Dというプロジェクトは一年単位で仕事を進めており、期末に役員に向けてプレゼンをするので、そこに間に合わせることができない技術は必然的に使うことができません。日進月歩な業界なので、数ヶ月もすれば状況は取り巻く環境がどんどん変わっていきます。Googleのtangoという三次元空間を画像認識する技術に注目したときもありましたが、その技術はあえなく終了してしまいました。Googleでさえ様々なトライアンドエラーを繰り返している中で、期待した割に当てにならない技術も山程ありました。また、当時、iPhoneの3D顔認証技術を使う企画も考えましたが、プレゼン日から新しいiPhoneの発売日まで逆算すると開発期間が短くなりすぎるため断念したりもしました。

最後は自分たちを信じてプロトタイピングに突き進むしかないと思うのですが、そこに至るまでは調査と検証の繰り返しで、ひたすらアイデアの精度を高めていくということに専念しました。

マツコ・デラックスのロボット、マツコロイドを作ったり、アンドロイド研究の第一人者である大阪大学の石黒先生、メディアアーティストの落合陽一さんをはじめ、PanasonicやSONYなどの大企業でイノベーションを担当されている方々、一点突破のものすごい技術を持ったスタートアップの方々、色んな人に、直接のコネもないのですが、誰かを介して紹介してもらったり、一人ずつメールして会いに行って話を伺って、模索していきました。

その時に考えるべきは、資生堂だからできること、資生堂だからチャレンジできることは何かということです。それを追求していかないと、同じことを他ブランドがすぐに模倣したり、独自性がなくなり、企業としても継続させるのが難しくなるからです。

最後に、デザイナーの方に向けて。デザイナーだから思いつくアイデア、デザイナーだから気づくことができる視点など、デザイナーの人には独特の感性もあると思います。イノベーションの仕事が来たら、デザインの専門性とはちょっと違うかもしれませんが、ぜひチャンレジしていくとより世の中がよりおもしろくなるのではないかと思います。僕もまたこのような機会があればぜひ新しいチャレンジをしていきたいと思っています。

Information

MdNデザイナーズファイル2021の装丁デザインをしました。

発売日 :2021-02-24
仕 様 :A4判/272P
ISBN :978-4-295-20099-4
価 格 :本体 3800円(税別)
出版社 :エムディエヌコーポレーション
販 売 :Amazon 楽天ブックス ヨドバシ.com

詳細はMdN BOOKSをご覧ください。