WORKS イノベーションアイデアの発想法 前編

2021.4.28

自分が日々の生活の中で感じた疑問や、もっとこうだったらいいのにという個人的な思いが、実は社会共通の潜在的課題なのかもしれないと仮定し、それをどのように解決していけばいいのだろう、というのは実際に多くの企業で行われているディスカッションだと思います。では、その課題を見つける地点から実際にイノベーションと言われるレベルまでアイデアを昇華させていくにはどうしたらいいのでしょうか。

僕は2016年から資生堂のクリエイティブ本部(宣伝部)の中で『デザインR&D』というプロジェクトをリードしていました。と言っても自分を含めて3人のとても小さなチームです。2017年には社長直轄イノベーションラボという少数チームに所属し、アメリカに来る直前まで、デジタルテクノロジーとイノベーションという領域に3年間ほど集中して取り組んでいました。

ですが、それまではアプリやWEBデザインの経験はあるものの、最先端のデジタルテクノロジーやイノベーションという領域の仕事の経験はなく、身近な存在ではありませんでした。未経験状態から必死に学び、これまでのデザインの経験も生かしながら手探りで実践していき、結果的には特許を3つも取ることができました。

このプロジェクトで僕が実践したアイデア発想法に、ある共通するヒントがあるのではないかと思い、このブログで自分なりの方法ではありますが、シェアしたいと思います。

ちなみに、特許を取ると『発明者』として自分の名前が記載されるのですが、デザイナーだった自分がまさか発明者というのは予想もしていなかったので、人生って本当に面白いですよね。

さて本題に入りますが、通常、僕たちデザイナーの一般的なワークフローは、最初にマーケティング部門からブリーフィングがあり、それに対してクリエイティブのアイデアを練っていくという流れになっています。ですが、たとえば上記の『デザインR&D』というプロジェクトでは、マーケティングからのブリーフィングはなく、自分たちで社会課題を見つけて、それに対してそのソリューションまでデザインしてみせるというものでした。

いわゆるデザイナー主導型プロジェクトのハシリのようなものだったかもしれません。予算だけが伝えられ、テーマもアウトプットも制限はなくすべて自由、1年後に成果をプレゼンしてくださいという、あまりにもシンプル過ぎるスタートでした。それだけでも驚きだったのですが、上司から「そのお金を使って、何か見つけるために必要であれば例えばアフリカに行ってもいいよ」と言われたのは衝撃的でした。こんなに自由な仕事は初めてで、その分、責任も感じましたが非常にやりがいのあるプロジェクトでした。

この記事では前編後編に分けて、2つのプロジェクトの実例を紹介しながらアイデアの発想法についてまとめていきます。まず、前編では『TeleBeauty テレビューティ』をご紹介します。


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『スカイプ』 ✕ 『リアルタイムメーキャップシミュレーション』 → テレビューティ

これはSkype上でリアルタイムにメーキャップシミュレーションをするアプリで、今では類似アプリも多いかもしれませんが、この企画をしていた2016年当時は、まだSkypeの通話品質も今ほど高くなく、かつメーキャップシミュレーションも顔認証技術が成熟しきっておらず発展途上の技術でした。まさかここまでリモートワークが浸透すると想像もしていなかった時でしたが、チームでは「場所を気にせずにオンライン・コミュニケーションの中で働く時代が来るのではないか」と話していました。

僕自身、メイクは自己表現の一つだったりポジティブなものであると信じていますが、一方で会社の人、取引先の人と顔を合わせる時にすっぴんは見られたくないからメイクをしないと、と感じている方も少なくないと思います。家事や育児や仕事や趣味、忙しい現代のライフスタイルに追われる中でメイクにかける時間がない時もあるかもしれません。そんな時に、自宅からより気軽に、より働きやすくするためのツールが作れないか、という課題解決型クリエイティブの提案でした。


この一枚の企画書が始まりでした

この一枚の企画書が始まりでした

一般的なフィルターアプリと違うのは、資生堂のメーキャップアーティストと一緒に開発をしていて、特に肌表現へ強いこだわりを見せている点がユニークなポイントでした。背景や環境光に肌色が左右されにくいようなアルゴリズムであったり、顔の立体感をうまく演出するようなチークの入れ方、毛穴やシミなどをうまくぼかす機能などが盛り込まれています。

企画が終わり、β版を実装をしプレス発表を行いました。すると、ニュースは一気に広まり、NHKやロイター通信から取材を受け、国内のニュースや情報番組はもちろん世界40カ国以上に広がりを見せて、オーストラリアの国営放送でも取り上げてもらったりしました。その広告効果は10億円程度と換算されました。

今ではメーキャップがリアルタイムに反映されるアプリというのはあるかもしれませんが、当時なぜこのアイデアがここまで注目されたのでしょうか。

僕はアイデアを考えるときに大事にしていることがあります。基本的には天才ではない限り、何もないところから、素晴らしいアイデアは突然降ってこないと思っています。では、どうするか。ひたすら組み合わせを考えるのです。

付加価値の高いモノ同士を組み合わせる、真逆や異質なものを敢えて組み合わせる、既知なものと未知なものを組み合わせる、などいろんなモノとアイデアが合体するとどうなるだろうと考えていくのです。なぜなら、既存にある一つのアイデア、ここでいうと例えばスカイプ自体は新しいサービスではありません。ですが、そこに資生堂のメイクの知見と美的センスが詰まったメーキャプシミュレーションが合体することで唯一無二のアイデアに変身させることができるからです。実際にこの企画をマイクロソフトさんにプレゼンした際には、『僕たちのようなテック系の会社からこんなアイデアは生まれません。さすが資生堂』と言ってもらい、マイクロソフト&資生堂のコラボレーションが決まりました。

逆もそうですが、資生堂はすでに販促用に一部の店舗でメーキャップシミュレーションの機械を設置していました。お客さまが購入を考えている化粧品を、実際につけなくても、動画を通してその雰囲気を伝えることを目的としていて、いわゆる販促ツールとして存在していました。他メーカーも同様のサービスがあったと思います。ですが、そのメーキャップシミュレーション技術がスカイプと合体して、リアルタイムに通信して相手に見えると、どうでしょうか。それは途端に新しいものに変貌します。また、自社商品を売るための販促ツールだったのものが、世の中を良くするためのツールになる、というサービスの視点も180度変わったものになっていると思います。イノベーションを考える上では、もともとの存在意義をも変えてしまうような視点が必要だと思います。

このように一つのアイデア単体は新しくなくても、既存にあるものと合体することで、突然新しいアイデアになるという例はよくあると思います。僕は凡人なので、すでに世の中にあるアイデアの、その組み合わせから新しい突破口を見出していこうとしました。

そしてデジタルやテクノロジーの領域で大事なことは、“できるかどうかは分からないけど、ものすごく頑張ればできるかもしれない”くらいの難易度にチャレンジすることだと思っています。仕事なので期間も決まっていれば、プレゼンをして評価もされなければなりません。予算も潤沢ではないですし、人的リソースも限界があります。その中で結果を出すために限界ギリギリを攻めるのですが、ポイントはこれです。

『まあまあ、新しいこと』 ✕ 『まあまあ、新しいこと』 → すごく新しいこと

アイデアをかけ合わせるときに、それぞれがまあまあ新しいことだと、ブレイクスルーする可能性が高いと思います。

いきなり誰も見たことがない斬新なアイデアを思いつこうとしても、僕は思いつきません。でもまあまあ新しいこと同士をかけ合わせるとそれはとても新しいことになるということが体験を通して理解できました。テレビューティの場合は、『スカイプ』✕『リアルタイムメーキャップシミュレーション技術』というアイデアの構造でした。

この経験を生かして、次のプロジェクトも同じ発想法でトライしたものを後編でご紹介したいと思います。

ちなみに、テレビューティはアップデート重ねながら、昨年Snap Cameraで新たにフィルターの提供を開始しました。Microsoft Teams、ZOOM、Skype、Google Hangoutsなど、主要なアプリで使えるようになっています。マキアージュの人気メイクや、男性用のフィルターもありますのでぜひチェックしてみてください。

https://www.shiseido.co.jp/sw/beautyinfo/telebeauty/

最初に提案した時には、バーチャルで化粧ができてしまうと、実際の化粧品が売れなくなるという議論さえ社内で巻き起こしたアイデアでしたが、今はそんな意見もなくなりました。資生堂にとってこれからの時代の新しいビジネスの糸口になってほしいと思っています。まずは、売れることよりも、誰かの役に立つという視点を忘れなかったことも振り返ってみてよかったことだと思います。

後編につづきます。

Information

MdNデザイナーズファイル2021の装丁デザインをしました。

発売日 :2021-02-24
仕 様 :A4判/272P
ISBN :978-4-295-20099-4
価 格 :本体 3800円(税別)
出版社 :エムディエヌコーポレーション
販 売 :Amazon 楽天ブックス ヨドバシ.com

詳細はMdN BOOKSをご覧ください。